「植木に口付け」・夜襲期間限定ブログ
下の記事の続きです。
(! 14話のネタバレというか、14話直後?の葵と葛の話です)
「Just Be Friends 自己満足mix」
2
だって。
今更じゃないか。
今更、行かないでなんて。
言えるわけないじゃないか。
かっこわるい、かっこわるい、かっこわるい。こんな、泣きながら走るなんて。頬を涙が伝って、後ろに流れていく。涙の跡が冷えていく。夜の風は冷たい。相変わらず足は重くて、それでもただ走りたくて、運動神経に無理をさせた。夜を切るように、走った。元来た道を、格好つけてさっきまで通ってきた道を、戻った。彼と別れたあの場所へ。彼に背中を向けたあの場所へ。
世界が滲んでいる。これは夜の闇のせいだけじゃない。総一郎は袖で涙をぬぐった。ぬぐってもすぐ、両の目から液体が、溢れて流れて伝って落ちて消えた。
行かないでくださいと言ったら、彼は困るだろうか。困った表情で、きっと怒り混じりに眉をひそめて、それから、少ししてから、困惑の苦笑を浮かべてくれるだろう。
総一郎は苦しくなってきた呼吸のためではなく、彼の名前を呼ぼうとして口を開いたが、役に立たない唇は彼の名前を呼ぶことなく、やはり酸素を取り込む装置としてしか機能しなかった。
ひくりと、喉が鳴った。
伊波葛と叫んでも。
きっと、届かない。
それは彼の本当の名前ではない。今、自分が呼び止めたいのは伊波葛ではなく、「伊波葛(かれ)」なのだ。
船の上で出会い。
上海の写真館で喧嘩をし。
満州で結構な危機に巻き込まれ。
たまに夜景を見たりして。
そばで笑ったり泣いたり慰めたり壊したり傷つけたり癒したり互いに弱くなったり強がったり、仲良くなったり仲良くを越えてみたり、ただ彼のことを考えてみたり彼に自分のことを考えさせたり、たまにかわいいと思ってみたり、好きだとか、思ってみたり。
色々、あって。
色々、わかって。
ちくしょう。
根底の根底であいつは我侭な奴だから、絶対泣かないと決めたけど。
こうなったらもう、しょうがない。
総一郎は泣き止むことができなかった。
わかっている、引き止めるなんて、そこまでできないことはわかっている。
せめて。
一度だけ。
一度だけ。
かっこわるいわがままをいってもいいなら。
少しだけ、時間を戻して。
何度も何度も、時間を戻して。
君に出会えて、ありがとうと。
それだけを。
言わせてください。
だから名前を教えてください。
紛れもないあの人に、この気持ちが伝わるように。
(3へ続く)
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