「植木に口付け」・夜襲期間限定ブログ
というようなことを言ったのは、誰だったかなぁ。
久しぶりに葵葛文を!
当たり前のように激暗ですが! すみません、葛が病んでます。
ぶっちゃけ葵も病んでます、いや冷めてます?
基本的に、受けがいきなり不安定になる→攻めが慰める→突然復活する受け
っていうフローがすごく好きです。
目に見える愛のある話、というのは多分、私の中にあまりないカテゴリーなのでしょうね。
まだまだ通販受け付けております。
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「サイレント・ワード」
葛を殺した夢を見た。
目が覚めた。
最悪だ。夢の中の俺は葛のあの白いけれどもしっかりした首を絞めていた。葛は白い肌のまま死んだ。実際ならば鬱血して見れたものじゃないだろうに、夢はその辺、都合がいい。俺は動かなくなった葛から手を離し、立ち上がって上から彼の身体、というより少し前まで「伊波葛」と呼ばれていた肉の塊を見下げていた。何かいけないことをしたという本能的怯えがじんわりと体をしびれさせていた。それは葛と交わった後時たま感じる、僅かに引っかかる奇妙な罪悪感にも似ていた。しかし俺は屍愛好者(ネクロフィリア)ではない。死体にはきちんと生理的嫌悪を感じる。この夢に情欲を覚えるなんてことはなく、ただ最悪な夢見心地に顔を歪ませるだけだった。
始まりは最悪だが、それが一日を最悪にするとは限らない。かなり出遅れた感はあるものの、きっと今日もいい日。そう考えようとして、俺はカーテンを開けた。太陽の素敵な光が差し込んでくることはなく、全ての輪郭がぼんやりとした、朝の存在をほんのり感じさせるくらいの明るさの空がそこにあった。白み始めた空では、この憂鬱な気分を消し去るにはいささか頼りない。現在午前4時半。普段ならまだ熟睡している頃だ、もう一度眠ろうかと考えたが、どうせあの夢の続きを見るだろうからやめた。
しかしこれのせいである。
俺はベッドサイドのテーブル上に置いていた雑誌を取り上げると、恨みをこめて全力でぶん投げた。雑誌はドアに当たってゴンと音をたて、ばさりと汚く落ちた。風蘭の店に来た客がたまたま忘れていったのを、最近活字を読んでいないからとたまたま持って帰ったのが運のつき、かの有名な江戸川乱歩殿の書いた「蟲」という小説、これを寝る前に読んだからあんな夢を見たに違いなかった。もし仮に今再び眠りの世界へ飛び立ち、あの夢の続きを見たとするならば、俺は葛の死体を保存しようとやきもきするに違いなかった。
ふと思う。
俺は葛の死体をそばにおいておくだろうか。
彼を失いたくないあまり、保存しようと必死になるだろうか。
「んー」
そもそも死体というものの重みがよくわからない。死んだ婚約者の死体は、見ようと思っても既に見れる状態ではなかった。他に目にする死体は仕事の時間に見るもので、なんとなく、私情を前面に見ることができない。だから、死体を前にしたときの自分の生の感情はよくわからなかった。
夢の中の死んだ葛を思い出す。
やはり髪は乱れぬままで、じっと動かず、気配もなく。
ぶるりと体が震えた。
「・・・・・・あいつ、生きてるよな」
当たり前なことが不安になる。俺は世界が生まれる前のような空をもう一度眺め、カーテンを閉めると自分の部屋を出た。向かうはすぐそばの葛の部屋である。これで彼が死んでいたら、俺はどうすればいいのだろう。あれは夢だとわかっている、だが罪悪感を抱くだろうか。
ドアを開ける。
一瞬部屋の中の状況が理解できず、理性をもって理解して、ああまたかと無感動に思う。
部屋の中は軽く惨状、という言葉を使ってよいものだった。壊れたものこそなさそうであったが、数少ない彼の私物は床に落ちたり倒れたりしていた。カーテンは閉じたままだが途中で破れてゆらゆらぶらさがっている箇所もあるし、ベッドの上など布団もシーツもぐちゃぐちゃである。几帳面な彼の性格を鑑みると、ありえない部屋の中の状況だった。その部屋の中心である葛は、ベッドのすぐ横に座り込み、腕に顔をうずめてベッドに突っ伏していた。俺はしばらく開けたドアに寄りかかって部屋の散らかった、散らかりすぎた様子を眺めていた。
葛は動かない。
じっと、時間が止まったように静止している。
部屋の惨状をこうして見るのは初めてでなかったので、俺は大して驚かなかった。
初めはツンケンしていた葛が、徐々に自分に慣れてくるにつれ、葛は自分の弱いところを俺に見せるようになった。些細なことでは例えば、食べ物では何が嫌いだとか(食べられることは食べられるらしいが、好きじゃないと言っていた)、心に重みを感じるようなことでは、両親が死んだことを教えてくれるだとか、泣くところを見せてくれるとか。どうやら葛の中で、俺は安堵できる存在のカテゴリーに入ったらしい。俺は葛のことが好きだし、それは喜ぶべきことなのだが、その弱みというのが、葛の見せてこなかった弱い部分というのが、予想以上に大きかった。葛が心を許し始めてから時たま、気付けば部屋が荒れている。特に、西尾という男が死んでからそうだ。西尾という得体の知れない男は葛の中で幾分かの割合を占めているようであったから、彼が死んで、その西尾の領域も俺が分捕ってしまったのかもしれない。よく知らない男に、心の中で合掌。
部屋を荒らす葛、というのを俺は見たことがないが、おそらくひどいものなのだろうな、と思う。何かに耐え切れなくなったとき、こうするのだろう。気持ちが完全にわからないわけではない、苛々したり悔しくなったり、空しくなったりそういうときは何かに当たりたいものだ。葛は真面目な性格だから、へらへら何でも流す俺と違って、そういう自分に苛立つ機会が俺より段違いに多いと思う。うまくいかない自分をもてあまし、こうなるのだろう。
しかし、と俺は動かない葛を見つめる。
今まで目に見える形で発露してこなかった「これ」を、葛は自分の内で処理していたのだろうか。そうだとすれば、ぞっとするほど恐ろしい話である。自分の内に閉じ込めて閉じ込めて、漏れないように蓋をして、じっとして我慢して傷付いて、果敢にも彼は生きていたというのか。それは、強い壁を作らねばならぬだろう。初めの頃の彼の、他人を拒絶するような目の光、無愛想な態度を思い出す。あれらは別に俺たちを退けたいわけではなく、内にある葛藤を、いかがわしく表現するならば狂気を、押さえつけるために必要だったのだ。一人で抱え込んで、苦しんで。
ありきたりな同情は、彼のその努力に失礼というものだろう。
「葛ぁー」
俺はだらしなく語尾を伸ばして彼に呼びかけ、部屋の中に入った。やはり彼はぴくりとも動かない。俺は彼のすぐ隣に座り、こんな時でもきちんと整った彼の髪を撫で、やる気のない声を発した。
「今日のサプリメントターイム」
荒れた部屋の中に、俺の声は虚ろな響きを伴って響いた。目に見えない反響の中、彼を救う準備をする。彼をわかりやすい絶望の淵からとりあえずこの世界に拾い上げるために、俺は小さく息を吸う。
動かない彼は、何だか普段より冷たく感じる。気のせいだろうか。
「葛、愛してるよ」
世界に聞こえないよう、彼だけに届くよう、俺は愛の言葉を吐いた。好きだ。愛してる。お前といる時が一番幸せだ。ドキドキする。愛してる。大好きだ。そばにいてくれ。ともかく俺は、軽い頭の中で愛のカテゴリをひっくり返し、組み合わせ、つなぎ合わせてマシンガンのように彼の耳元で愛を語り続ける。俺の口元には微笑が浮かんでいた。これだけの愛の言葉、お前の愛はそんな安いものかとどこかの高貴な女性に叱られそうだが、この状態の葛には、これが一番効くのである。例え、数によって愛が薄まろうとも、ともかくできるだけ多く、彼に愛を語り続ける。
なるべく言葉を途切れさせないのがポイント。
なるべく早く愛の言葉を閾値まで満タンにさせるのが大切。
これが、俺なりの愛だ。
「お前の体温が、存在が愛しくてたまらない」
本当に。
単純に愛の言葉をつむぎ続けるだけでは俺の頭の程度が知れるので、俺はちょっとした自虐ネタを織り込んでみることにした。
「殺したいくらい愛してる」
夢の癖に、まだ脳にはびこる死んだ葛の映像が、フラッシュバック。
うっと小さくうめくくらいの吐き気がこみ上げたので、自虐ネタ撤回。自虐を超えてただの自傷であった。痛いのは嫌いだ。心も体も。誰かが傷付くのも嫌いだ。心も体も。だからこうして俺は、自分にできる愛を、赤ではなく藍色の愛を、語り続ける。
「嘘。ずっと一緒に葛と生きていたい」
壊れかけた空気に密度の薄い愛がしみていく。水みたいにさらさらした、愛。
必死に追いやった夢の残滓が、思考のそこら中にこびりついている。それを払い落とそうと好きだ何だと繰り返す。彼は相変わらず動かない。まさか、死んでしまったわけではあるまい。
まさか、俺が殺したわけではあるまい。
だがこの行為は、彼を生かしていると言えるのか? 愛の言葉で彼を世界に無理矢理引き戻して、彼を殺そうとしているのではないか? 意味のない延命治療を、自意識のかけた延命を、繰り返しているだけではないか? もう充分彼は傷付いたのではないか? それをまた繰り返すような時間の流れに、俺は彼を引き戻しているのではないか?
もう充分、強くなっただろう。
愛してるよ。
俺は葛の頭を抱いた。視線は、何の変哲もない壁に向いている。微笑が消えてしまった。どこかへ行ってしまった。何故だか、怖かった。早く朝になって、朝日がこの部屋に差し込んで、何事もなかったかのように一日が始まればいいのに。
俺は彼を失うのが怖いから、こうして彼をつなぎとめているのだと気付く。
そうか、愛とは自己満足と同義であった。
「好きだよ、葛」
俺は愛の言葉で葛を囲う。
この世界に彼を閉じ込める。
そろそろいいかな、と思ったところで俺は愛の言葉を止めて部屋の外に出た。
結局二度寝してしまった俺が一階に下りると、いつものように葛は難しい顔をしてそこにいた。
なるほど、これが愛の力。
彼と一緒に世界も愛している。
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そうか、俺も彼に心を許して、そういう醜悪な弱みを見せるようになったのかもしれない。
ってなことでブラックなんだか病んでるんだかわからない葵さんと、本当はとても弱い葛たんのお話でした。この話みたいな、所謂一般的な「愛」のなさが、私の話の特徴だなと思ったりなんだり。
お粗末さまでした。
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