「植木に口付け」・夜襲期間限定ブログ
thanx せまじ様 の庭師パロ第四弾。
おかげさまで庭師パロ、なかなかご好評のようでして(自分で言うのか)、私としては嬉しい限り。まだせまじ様から頂いた、冬の二人が書けていないので、早くそこまですすめたいです。
庭師パロの葛は、本編の葛よりだいぶデレ度が激しいんですが、一体どうしたことなんでしょうね!(いや、そう言われても・・・・・・)
そういえば、毎回、「季節(今は初夏) 庭 花」ってググって、登場させる花を決めているのですが、そろそろネタが・・・・・・まあ、次回かその次あたりから夏に移行するから大丈夫かしら。向日葵書きたいよね、向日葵!
そしてふと、そういえばこれ舞台大正時代なんだっけ、と思い出してみます。
時代感がないのは、なかつの筆力のアレです。
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"colors of garden 4" 松葉牡丹の蕾が翳み
「え?」
葵は思わず、左手首につけた腕時計を確認した。まだ、4時前。いつもと同じ時間にこの部屋に来た。部屋の中に人の気配は、いつもと同じように感じられなかった。それでもドアを開けたらば、そこには。
彼がいたのである。
葵は横に抱えていたマツバボタンを危うく落としそうになった。彼は葵が触れるべき花瓶のそばに椅子を置き、それに腰掛けて本を読んでいた。足を組み、その上に本を乗せる様子は実に、さまになっている。
一瞬、葵の意識は奪われた。
「ああ、す、すみません」
我に返り、戸惑いながらも、まず謝る。そこで彼はようやく本から顔をあげた。やはり分かりやすい表情がないので、心情が読めない。怒っているのか、驚いているのか。どちらともとれないし、どちらともとれる。よくわからないまま、葵は持っていたマツバボタンを正面に出して、花を交換しに来たことを示す。彼――伊波葛は、僅かに首を傾けると、マツバボタンを真剣に見つめた。
「今日は、その花か」
「あ、はい」
マツバボタン。5cm前後の、小ぶりな花をつける。今日持ってきたのは八重咲きのマツバボタンだ。一色では味気ないと思って、赤色と薄い橙色のマツバボタンを混ぜてきた。鮮やかな色が、部屋の空気によく映える。レースのドレスのような、その花びら。だがけばけばしいほどの存在を持たない、小さな花。
「えっと、失礼します」
「構わない」
葵は葛と花瓶に近付くと、そこでマツバボタンをくるんでいた新聞紙を床で広げた。さてどれを活けるかと、一本一本を吟味する。ふと上から視線を感じて葵が顔をあげると、葛が自分を見下ろしている。先日、庭でもこうして見下ろされていたことを思い出す。嗚呼、思ったより透明な目をしているな、と葵は思った。何でも知っているように思っていたが、案外何も知らないのかもしれない。良い意味で、だ。人間のもった嫌な汚れのない目だった。嘘とか、欺瞞とか、そういう嫌な。ああいう目は、嫌いだ。その葵の心中を悟ったわけないが、ちょうどよく葛が、口を開いた。そう、知識を求めて、ただ単純に。
「その花の名は?」
パタン、と本を閉じる。
そういえば見下ろされたあの日、「花の名前を教えてくれ」と言われた気がする。何度か会話をしたことがあるとはいえ、まだまだ葛がこうして目の前にいることに、葵は緊張を覚えずにいられなかった。なるべく早く作業を終わらせようとテキパキ手を動かしながら、葛の言葉に答える。
「マツバボタン、ですよ。花言葉は『可憐』とか、『無邪気』とか。納得ですよね」
ド派手に咲き誇るわけではない花だが、鮮やかな色によって存在感が増す。その純粋な美しさは、無邪気にまぶしい笑顔を向ける少女のようだと思った。赤色はおてんばで、橙色はおとなしめで、と同僚に語ったら、そりゃただの妄想だと一蹴された。彼に話したら、やはりバカにされるだろうか。頭がいい名家の次男には、いらぬ話だろうか。迷っているうちに、葛が僅かに声音を変えて尋ねてきた。
「・・・・・・花言葉とは、何だ」
斜め四十五度の質問に、葵は一輪のマツバボタンをつまんだまま、動きを止めた。しかし考えてみれば、花言葉の存在など知らずとも生きていけるのだ。葵は花を扱う仕事に就いているため、他人より少しばかり詳しいだけだ。同僚は花言葉にとんと興味がなく、女々しいと鼻で笑う者も多い。
「っと、花言葉っていうのは、んー植物一つ一つについてる言葉で・・・・・・例えばこのマツバボタンなら『可憐』、『無邪気』、この前のテイカカズラなら『優雅』なんて意味があります。由来はちょっとわからないですけど。私も人から聞く位の知識しかないもので」
「どの植物にもか」
「花が咲くなら、多分、全部・・・・・・自信はありませんが・・・・・・」
言いながら葵はマツバボタンを花瓶に活け終え、昨日の花と一緒に新聞紙を丸め、脇に抱えた。知らなかった、と小声でつぶやく彼に、当たり前だろうと頷いてみせた。そんな知識、仕入れている暇は彼にないだろう。もっと大切なことがたくさんあるのだから。
「『可憐』、か。なるほど」
ほとんど表情の動かないその人から『可憐』なんてかわいい言葉が出たことに、葵は肩を縮めて笑いを堪えた。葛はマツバボタンの方に視線を向けていたようで、気付かれることはなかった。ほっと一息ついて葛に微笑む。葛は何事もなかったかのように、再び本を開いて文字を目で追っていた。なんとなくはじめの一行を読んでみたが、葵にはまったく理解できなかった。
「それでは、お邪魔しました」
「ああ、ありがとう」
何気ない一言に、葵の周辺の空気がほわりと、温まった。その温度で葵の顔は微笑からにへりとしまりのない笑いに、化学変化を起こす。喜びというのは、慣れるものではない。喜びは、面倒でない。それは、人間の素晴らしいところの一つだと葵は思った。
部屋を出る直前、葵は振り返り、花瓶の方を眺めた。
そこにあるのはひっそり美しく咲くマツバボタンと、本のよく似合う彼の姿だった。
「やっべぇ寝坊した!」
葵は必死で伊波家に向かって走っていた。理由は至極簡単、台詞の通り寝坊したからである。最近、伊波葛にありがとうと言われ、元々空回り気味だったやる気をさらにくるくると回してしまった葵は夜遅くまで植物関係の本を読んだり伊波家の庭について思考したりしていた。今までは眠いが起きれていたため、大丈夫だろうと思っていたのだが、やはりどこかで疲れがたまっていたのだろう。その疲れが今日、どっと出たというわけだ。伊波家の主人はあの柔らかな物腰で、「庭さえ整っていればいつ来て、いつ帰ってくれても構わないから」と言ってくれていたが、さすがにお昼を過ぎての出没はまずいだろう。嗚呼、何故起きなかった自分のバカ。心の中で罵詈雑言を自分に発射しながら走る。
「っと、いっか、こっから入っても。どうせ俺が用事あんのは庭だしっ」
葵は伊波家の屋敷の入り口まで走ることをやめ、白塗りの塀の上にある瓦に手をかけた。庭にたどり着けばよいのだ。この向こうは庭のはず。器用に体を持ち上げ、塀の上にのぼる。眼下に自分の手入れする、伊波家の庭の一部が見えた。上から見るとまた違って見えるものだ。新鮮な光景に、葵は目を輝かせ、そして――。
その向こうの縁側に、葛が座っているのを知覚した。
葛は、塀の上の葵を、見ていた。
「え、お坊ちゃんっとぉわっ!」
動揺し、バランスを崩した葵は、無様に塀から落ちた。下が芝生で高さもさほどなかったために怪我はない。しかし、それを葛に見られたということがどうしようもなく恥ずかしかった。というよりも、こそ泥のように庭へ侵入する庭師など、解雇されて当然ではないだろうか。最悪の想像に葵が立ち上がれずいると、ふっと、そばに人の気配があった。
「大丈夫か」
伊波葛である。
「・・・・・・すみません、坊ちゃん。情けない姿をお見せしました」
「怪我はないか」
「ありません・・・・・・」
「なら、よかった」
ほんの少し和らいだ声に、何故だか更に羞恥を覚える。葵はようやく二本足で地面に立つと、道具の無事を確認した。よかった、壊れているものはない。
一応、時間を確認する。正午を過ぎていた。やってしまったと後悔すると同時に、昨日に続けて出会った、出会うはずのない伊波家次男のことが気にかかる。
「えっと、坊ちゃん、その、お勉強は」
「時間がずれた」
抑揚のない相変わらずの声で彼は答えた。そっけなく答える彼に、葵は何も返せない。
「だから、見に来た。庭を手入れするのだろう?」
もちろんだ。
葵は剪定ばさみを取り出すと、しゃきんと一度、鳴らしてみせた。
「それじゃあ、ごゆっくり」
つぼみが開くように、何かが音もなく、変わっていく。
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