夜光に口付け touch me. -3- 忍者ブログ
「植木に口付け」・夜襲期間限定ブログ
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3話目。

この部分の「愛してるぜ。~」が一番書きたかったのです。
しかし、一番 NA N ZA N でもあったのです。
もっと長く書きたかったですが、私の文章力がそれをよしとしなかった・・・・・・駄目な子。

どんとたっちみー。



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"空気を撫でたその視線の"


「あー、明日起きられっかなぁ・・・・・・」
三好葵はそうぶつぶつつぶやきながら真っ暗の中階段を上がっていた。リビングで一人酒を飲んでいたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。同居人の葛が電気をすべて消してしまっていたために、はっと目が覚めたとき、世界が終わってしまったのかと思った。これで朝だったらまあ、あー寝ちまった、でまた一日が始められるからいいものの、こう中途半端な時間に起きては、そのまま朝まで起きているのも面倒だ。暗い中目を凝らしてリビングの時計を確認したが、2時半を過ぎたところだった。かと言ってもう一度寝てしまうと、明日の朝起きられない気もするのだった。八割方、起きれないだろう。早く起きろと、葛に怒られるに違いなかった。
はぁ、とため息をついて二階へと足を進める。まあいいか。今のところ桜井機関からのお達しもないし、写真館の仕事も急ぎのものはない。明日はゆっくりしよう。葛がそれを許してくれるかどうかは、考えない方向で。
階段が終わる。右奥が葵の部屋だ。
と、視界の隅で何か動いた気がして、葵はばっと身構えた。スパイとしてそれなりの反射神経は鍛えられている。
「・・・・・・って、お前、何やってんだよ!」
葵は思わず、裏返った声をあげた。階段のすぐ横に、葛が座り込んでいた。足を投げ出して、ぼんやりとしている。一瞬、限界にまで跳ね上がった警戒が、さっと解かれ、体から力が抜ける。まさか自分を待ち伏せしていたわけではあるまい。
「あーびっくりした・・・・・・」
葵は顔に手をあて、大げさに肩をすくめた。葛はじっと目の前の何もない空間を見つめたまま、こちらを一瞥しようとさえしない。端整な顔立ちもあいまって、暗闇で身動きしない彼はまるで人形のようだった。
「どうした?」
「何でもない」
間髪いれず即答される。葵は彼を見下げたままもう一度肩をすくめた。
「何でもなかったら、こんなとこ座ってないだろ」
今度は言葉がなかった。初めての任務から、あまり表情の変わらないわかりにくい奴だと思っていたが、ここまで奇怪な行動をとられると、対応に困る。葛が目を向けている方向に自分の視線を重ねてみたが、特に何を見ているというわけではなさそうだった。ただぼんやりしているだけ、というなら葵にもそういう時はあるし、放置して自分の部屋に行く。しかし、それにしては彼の座っている場所が多少日常的ではないし、月明かりで目視できる彼の瞳が空虚すぎた。心の中をうっかり覗いたら空っぽだった、そんな感じがした。澄んでいるのに中に何もなかった。やっぱり人形みたいだと葵は思った。
「体調でも悪いのか?」
「・・・・・・」
答えはない。
「部屋でぼんやりすればいいんじゃないかなぁ」
「・・・・・・」
答えはない。
このまま放っておくのは怖かった。このままでは人間としての彼が消えてしまうのではないかと、葵は予感していた。葛の目の前に立って視線を遮るように手をひらひらさせても、葛はたまに瞬きをするだけで何の反応を見せなかった。放って置いてくれという無言の主張なのだろうか。ここまではっきりと無視させると、彼と自分のいる世界は実は違うのではないか、などという幻想小説的な妄想に侵されてしまう。二つの違う世界が重なってしまっただけで、葵のいる世界に彼はいない。それはひどく寂しい妄想だった。急に彼の存在の感触を見失った。ここに来てすぐ彼の手に触れたはずなのに、それはまるで夢だったような、幻覚だったような、頼りなく弱々しい記憶に成り下がった。少し前まで赤の他人だった男の存在など、大したものではないけれど。それでも。
「おい」
葵は怖くなって葛の肩に手を置こうと腕を伸ばした。同時に発せられた真剣な声音に、自分でも驚いた。
肩に触れる直前、手のひらの下で、葛がびくついたのが分かった。無反応だった瞳が揺らぎ、顔に緊張の色が走った。はっと手を離す。葛は無表情のままだったが、中で何かに耐えているのが伝わってきた。ほんのわずかひそまる眉間。
「あ、ごめん」
葛は唇を震わせたが、結局何も言わなかった。その沈黙が怖い。
本能的に葵は、触れてはいけないと思った。他人に触れることがよいことばかりだとは思わない。べたべた遠慮なしに触ってくる人間は、あまり得意でない。体の横に手を下ろし、葛から少し距離を置いた。
「・・・・・・悪かった。風邪ひくから早く戻れよ? あ、布団持ってくる?」

触れることなくすぐに離れた手に、葛は顔を上げた。葵は少し困ったような笑顔を浮かべ、自分を見ている。一瞬感じた彼の存在が、夜の闇に触れてすぐ霧散する。
「いや・・・いい。・・・・・・すぐ戻る」
そうか、と彼は笑顔の種類を純粋に嬉しそうなものへ変えた。彼の笑顔は基本的に明るかった。絶望などとうに突き抜けてしまった明るさというのだろうか、色んな黒いものを後ろに置いてきてしまった様な笑顔である。
彼は再び触れてくることはなかった。
自分と彼の間に空いた距離。
彼は無理矢理自分に触れてこない。
いつかの何かのように、触れてはこない。
「何だよ、呆けた顔して。やっぱ何かあったのか?」
葵が少しだけ腰を降り、葛の顔を覗き込むようにしてそう言った。彼との間に空いた距離が、心地よかった。まだ出会ってさほど日は経っていないが、彼の性格は自分なりに理解したつもりだった。それから考えて、彼は無理にでも触れてきて、自分を部屋に連れ戻すだろうと思っていた。そうしないのは、何故だろう。悪かったと言った彼の声は、この体にしみた。
嗚呼、これも慈しみと呼べるならば。
「貴様は」
「ん?」
葛は一呼吸おいて、小さく、言葉を吐き出した。
「俺のことを愛してくれるんだな」
途端、葵はぶっと思い切り噴き出して、腹を抱えて笑い出した。夜にふさわしくない笑い声だ。ひとしきり笑った後、葵は目のふちに笑いすぎてにじんだ涙をぬぐいながら、うんうんと頷いた。
「そうだな。愛してるぜ、葛ちゃん」
「気持ち悪いな」
その言葉が嘘だと知っていながら、葛はあえてそう口にし、目を閉じた。
夜だけが葛に触れてくる。

しばらくして目を開けると、葵は部屋に戻っていた。
葛は静かに立ち上がった。


彼の感触は残っていないが、彼の優しさは残っている。


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