「植木に口付け」・夜襲期間限定ブログ
何かをかっこよく投げ捨てる葛たんが書きたかった。
戸惑い、YES。なかつの大暴走。
8割方創作のような文章なのですが、もしよろしければ読んでやってください。
わかりにくくてごめんなさい。もっと、人に伝わる文章を書かなければと常々思っているのですが、なかなか・・・・・・(最低だな)
頑張ります。
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"Psycho Psycho Psychology" Emotion5
コンピュータ内に侵入した葛は、名前のないプログラムを前にして見上げていた。プログラムは0と1が飛び回る世界の中にぼんやりと浮かんでいた。プログラム一行一行がざわざわと集まって球状になっている。誰がネット世界をこのようなヴィジュアルにしたのか知らないが、大体のプログラムは、このような外見で現れる。葛が手をかざすと、四角いウィンドウが現れ、プログラムの形態、ロックの有無などを表示した。拡張子は.exe。ロックは一つだけかかっていたが、簡単にとけるものだ。葛はうごめくプログラムの中から一行を引きずり出し、乱暴に投げ捨てた。
プログラムに触れる。目を閉じる。プログラムを起動させる。一瞬、世界が乱れるのを肌で感じる。
目を開ける。
「・・・・・・これは・・・・・・」
葛の周りに広がるものは、ついさっき、自分が通ってきた書斎と瓜二つだった。
違うのは、あらゆる色が失われ、全てが白いことだ。本棚の立体感、そこに並べられた本の凸凹などは再現されているが、そこにあるのはただただ真っ白な世界だった。
白い。
どこまで、この空間が続いているのかわからなかった。もしかしたら書斎と同じように四方は壁に囲まれているのかもしれないし、ずっとずっとこの白い空間が広がっているのかもしれなかった。天井も床も周りの壁も全て白いので、認知することが難しい。
「・・・・・・」
葛は言葉を失った。
書斎にあった机と椅子。今は真っ白なそれに、男が、腰掛けていた。
ガタリと音を立て、男は立ち上がった。同時に、白い本を閉じる。もちろん字などは書かれていない。いや、書かれていても白くて見えないだけなのかもしれない。ともかく、読むものがない本だった。
うなじあたりでゆるくしばった煤けた茶色の髪を揺らして、彼は振り返った。
「・・・・・・波圭一・・・・・・」
顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。ただそれだけの、三十前後に見える優男。
だが彼は、既に死んでいるのだった。
「貴様は・・・・・・」
「『波圭一か』、YES。私は波圭一ではありません」
彼の声は微笑と同じく、波を立てない、穏やかなものだった。安らぎを感じるような、慈悲深い声。その声に一瞬ここがどこだかわからなくなって、そうだ、コンピュータの中だと気付く。だとすれば彼は生きている人間ではないはずだ。コンピュータはネットにつながっていなかった。外部からアクセスすることはできない。直接このコンピュータにアクセスしているのは葛だけのはず。それは、このコンピュータ内に侵入する時確かめた。
だとしたら彼は――。
「『プログラムなのか』、動揺、YES。私はプログラムです」
何も言っていないのに思考の続きを口にされ、葛は静かに息を飲んだ。心理解析システム<悟り>。彼こそが、その<悟り>なのだろうか。<悟り>プログラムのアウトプットとしての象徴か?
「『象徴か?』、疑念、YES、そしてNO。<悟り>は貴方がいるこの世界、全て。周りの白い世界こそが<悟り>というプログラムです。<悟り>は心理を解析するだけ。答えを出すだけ。語りかけたりしない。私は、<悟り>に付属するプログラムです」
だったら。
「『貴様は一体何だ?』、強い疑念、YES。私は心理学者、<悟り>の波圭一によって作られたプログラム、"Nami Keiichi"」
彼が宙で手を横に移動すると、そこに"Nami Keiichi"とアルファベットが並んだ。
葛はドアのプレートの文字を思い出していた。あそこに書かれていた、"<Satori> Nami Keiichi"という文字を。あれは<悟り> 波圭一作というような意味合いで名前が書かれているのだと考えていたが、この部屋のコンピュータに隠された二つのプログラムの名前だったのだろうか? 心理解析システム<悟り>ともう一つ、目の前で言葉をつむぐ"Nami Keiichi"という。
天才心理学者の二つ名とその名前を冠した二つのプログラム。
「私は波圭一の心理パターンを組み込まれた対話式プログラムです。ELIZAの波圭一スペシャルエディション、といった具合でしょうか」
ELIZA――ジョセフ・ワイゼンバウムが1966年に開発したプログラムだ。入力した言葉に言葉を返すプログラムであるが、それは対話というより、入力された文章の構文を解析し、キーワードを決まり文句である疑問文に当てはまるワンパターンなものである。例えば「頭が痛い」と入力すれば「何故頭が痛いのですか?」と返すような。しかし、これが案外人間らしくみえる、らしい。
目の前の男、いや人の形をしたプログラムは、指を鳴らし、宙に浮かんでいた文字を消した。
「私は<悟り>を使ってはじき出された貴方の心理に対して、あらかじめプログラムされている波圭一の心理パターンに対応させて返すだけのものです。大してELIZAと変わらない。ELIZAにプログラムされていた疑問文が、波圭一の心理パターンになっただけ。私は波圭一の記憶を持たない。心理パターンだけ知っている。波圭一はこの頃が一番幸せだったからと私をこの姿にした。しかし私は彼が幸せだった記憶を知らない。ただ幸せであったことを理解するだけ」
葛は思わず、一歩後ずさった。今、自分の周りにあるこの白い世界、<悟り>。それに監視されている気がした。体の中まで見られて、嘲笑われている気がした。お前のことなどわかりきっていると。
「恐怖、YES。怖がらないでください」
無理だ。
「私も<悟り>も、単なるプログラムでしかない。私は言葉を返すだけ、<悟り>は貴方を解析するだけの」
その解析が、怖いんじゃないか。
「どうして怖いのですか? 心理を悟られることが。別にそれで何をしようというわけではない」
葛は、自分が言葉にせずとも目の前にいる"Nami Keiichi"と会話が続いていることに気付き、ゾッとした。そこに違和感はなかった。まるで普通にコミュニケートするように、すんなりと会話が続いていた。体があるならとうに鳥肌がたっている。彼は、いや目の前にいる『これ』はただ葛を見つめていた。その瞳に映るものは、何だ。
「やめろ」
「『覗くな』、強い拒絶、YES。わかりました。貴方の精神の平安のために、手短に済ませましょう」
"Nami Keiichi"は白い世界の中で、表層から微笑を消した。
「<悟り>を壊してください」
「数式・・・・・・」
複雑系の数式を眺めているうちに、葵は国立旧式書類保管所本郷分室で学術誌を読んでいる時に見つけた、波圭一に関するとある一文を思い出した。
「彼にとって感情は、数式から導き出せる解のようなものだった――か」
もし、波圭一の才能が遺されているように本物だったとしたら、彼にとって人間の心理はこの複雑系の数式のようなものだったのだろうか。愛情も、友情も、同情も、全ては当然の結果として導き出された答えでしかないのだろうか。
葵は本を戻した。
波圭一にとって人間は、どのように見えていたのだろう。心理を「解析できる」ということは、波圭一はその構造、アルゴリズムを理解していたということだ。彼にとって人間は、決まった通りの動きをする、プログラムのように見えていたのだろうか。そんなものに囲まれて、彼は生き続けていたのだろうか。
だけど。
と、葵は思う。
人間の持つものは数字のような無機質な、つまらないものではない。
感情だ。
愛がとある条件下で生まれるただのものだなんて、考えたくもない。
「人間なんて、そんな簡単に割り切れるものじゃないだろうよ」
何故波圭一は、<悟り>なんてものを作り上げたのだろうか。
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